« 宇都宮ブリッツェンシクロクロスチーム 6年の歩み 【第1回】 | トップページ | 宇都宮ブリッツェンシクロクロスチーム 6年の歩み 【第3回】 »

2017/12/15

宇都宮ブリッツェンシクロクロスチーム 6年の歩み 【第2回】

2012年、宇都宮ブリッツェンにシクロクロス専任の選手が誕生した。

その選手の名前は、小坂光。

それから6年後、小坂は全日本選手権で優勝し、ナショナルチャンピオンジャージに袖を通す。そんな小坂とチームの歩みを、このタイミングで少しばかり振り返ってみたい。そうすることで、小坂とチームが目指す次の目標が、見つかる気がするからだ。




第2回:2013年 -ひとつのパンクが、想いをひとつに-

迎えた2013年。

小坂は、チーム名を「宇都宮ブリッツェンシクロクロスチーム」に決めた。チームで戦い、全日本のタイトルを獲るという気持ちの表れ。ようやく、チームの歯車が回り始めた。

だが、だからと言ってすぐにすべてが順風満帆とはいかない。言ってしまえば、小坂と池本メカを除く廣瀬メカ、田村メカ、自分の3人はシクロクロスに関して素人も同然。というか、ほぼ素人。

レースを重ねていく中で、出来るだけ早く小坂が求めるレベルまで進化していく以外に道はなかった。

一方の小坂は社会人生活2年目を迎え、ほんの少しだけ仕事と選手生活のバランスを見出し始めていた。信州シクロクロスなどのシリーズ戦で3連勝を飾り、勢いに乗った状態でUCIレースへと臨むことになった。

野辺山シクロクロスDay-1。小坂は序盤、全日本チャンピオン竹之内悠と接戦を演じたものの、中盤にシケインを飛んだ瞬間に脚を痙攣。しばらくレースに復帰できずに後退してしまい7位。続くDay-2も4位と表彰台を逃す結果となった。

2013_nobeyama_3
[まだまだ仕事と選手の両立ができていないことを露呈する痙攣となった]
photo(C):Nobumnichi.Komori/HATTRICK COMPANY

いくら小坂が仕事と選手生活のバランスを見出し始めたとはいえ、それは決してベストなバランスではない。着実に成長していると言っても、その成長曲線が緩やかなものだということは、結果が証明してしまっていた。

2013_miami
[関西シクロクロス野洲ラウンドで3位表彰台を獲得し、全日本選手権へ弾みをつけた]
photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

そんな中でも、続く関西シクロクロス野洲ラウンドで3位表彰台を獲得した小坂は、信州シクロクロス上山田での勝利を挟んで、いよいよ全日本選手権に臨むことになった。

レースはスタートこそ数名が先頭パックを形成する展開だったが、レースが進むにつれて小坂と竹之内の一騎打ちの様相を呈してきた。この日の小坂は竹之内の走りを冷静に見る余裕もあり、終盤までパックのままレースを進めることができれば、念願の勝利を挙げることもできるのではないかという走りを見せていた。

しかし、4周回目に考えもしなかった事態が起きる。

ピットを通過したばかりの小坂が、メカニック陣に向けて手を挙げる。パンクだ。ピットを過ぎた直後のパンクだったため、次にバイク交換ができるピットに辿り着くには、およそ半周をパンクした状態のバイクで走らざるを得ないことになる。

2013_alljapan_01_2
[最悪なタイミングのパンクで竹之内に離されていく小坂。この時点で勝負は決した]
photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

何とかピットに辿り着きバイク交換をした小坂は、この時点で3番手に後退。その後猛追を見せて2位に順位を上げはしたが、3連覇を達成した竹之内に追いつくには、余りに痛いタイムロスだった。

2013_alljapan_02
[バイク交換後に猛追を見せて2位となったが、目標の優勝には届かなかった]
photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

勝利に肉迫する走りを見せていた小坂を襲った、たった1回のパンク。しかし、そのパンクが勝利を遠ざけるには十分だという怖さを思い知るレースとなった。

今現在でも、この時のレースの話になると、廣瀬メカは後悔を口にする。

「ピットを過ぎてすぐにヒカルが手を挙げた瞬間が、今でも本当に忘れられないんだよなぁ。その瞬間はどうすることもできなくても、その前に何かできたことがあったんじゃないか、って今でも考えることがある」

それは、残る2名のメカニック、池本メカと田村メカも同じ気持ちだったに違いない。だからこそ、この全日本選手権後、メカニック陣がある想いを強くしたことを感じるようになった。

“ヒカルを日本一にするために、まずは自分たちメカニック陣が日本一のサポート体制を作らなければいけない”

自分も含めて小坂を支えるサポート陣が、まず日本一のチームになること。4名のスタッフは、改めて想いをひとつにした。



<つづく>

 

|

« 宇都宮ブリッツェンシクロクロスチーム 6年の歩み 【第1回】 | トップページ | 宇都宮ブリッツェンシクロクロスチーム 6年の歩み 【第3回】 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/552844/66159316

この記事へのトラックバック一覧です: 宇都宮ブリッツェンシクロクロスチーム 6年の歩み 【第2回】:

« 宇都宮ブリッツェンシクロクロスチーム 6年の歩み 【第1回】 | トップページ | 宇都宮ブリッツェンシクロクロスチーム 6年の歩み 【第3回】 »