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2017年7月

2017/07/26

情報配信速度とメディア露出

ロードレースチームの話題ではなくなるが、先日、シクロクロスチーム小坂光選手のインタビューを読む機会があった。

詳細は[こちら

その中で、広報スタッフとして帯同する自分に対しての記述もあった。

確かに自分は、レース現場でのチーム広報を担当するオフィシャルメディアスタッフとして、「速度」に拘った情報配信を意識している。

チームの地元である栃木県・宇都宮市から遠く現地で応援しにくい場所でのレースや、ストリーミングなどのリアルタイム中継がないようなレースでは特に、ファン・サポーターが入手できる情報量が圧倒的に少ない。

そのため、レース後できるだけ早くレースレポートや監督コメント、優勝した際は勝者コメントを作成してライブレポートに反映させ、選手たちの頑張りがファン・サポーターに届くように努めている。

だが、「速度」に拘るのは、そのためだけではない。

自分としては「メディア露出」を意識するからこそ、「速度」に拘っている面もあるのだ。

チームを運営していく上で、メディア露出はスポンサー継続や新規獲得の生命線だ。

週末のレース結果が、週明け月曜日の新聞紙上(場合によっては当日夕方~夜のテレビニュース)に掲載になれば、ロードレースやシクロクロスという競技を知らない大多数の一般読者(視聴者)に対して格好のPRになる。

だが残念なことに、ロードレースもシクロクロスも媒体社の記者さんが常に張り付いて取材をしてくれるほどの市民権は、栃木県であってもまだ得ていない。

こちら側(チーム)からレースレポート・監督コメント・写真など必要な素材を一式揃え、媒体各社に配信して初めて、掲載してもらえるかどうかの土俵に上がれるのが現状だ。

ただ、素材を一式送ったからといって、必ず掲載されるとは限らない。そこから、さらなるセレクションがあるのだ。

まず最初に、チームの成績が良くなければ情報的に掲載する価値がないと判断されることがある。

もっともこの点に関しては、今の宇都宮ブリッツェンは常に着に絡むレースができているので、さほど問題になることはないと感じている。

今、それよりも重要なのは、配信した素材一式が「いつ」媒体社の担当に届くかということだ。

ご存知の通り、新聞であれ雑誌であれ電波であれ、媒体には必ず「締め切り」というものがある。自分も媒体社に勤務していた時は、この締め切りと常に格闘してきた。

特に、毎日締め切りが訪れる新聞や電波ニュースなどの現場は戦場だろうなと思うのだ。

その中でも中央紙と呼ばれる新聞社の支局に関しては、原稿を作成し、デスクのチェックを受け、本社に原稿を送り、組版をし、入稿するという行程を考慮すると、支局での原稿締め切りが地方紙に比べ圧倒的に早い。

自分の中では、各支局の地方面の掲載枠決めに間に合い、記者さんが心に余裕を持って素材を受け取って記事を書けるリミットは「18:00」が妥当なところだろうと判断している。

余裕がない時に素材をもらっても、よほどのこと(優勝などの好成績)がない限り触手が伸びない現実を、こちらも媒体社での勤務系経験上、承知しているからだ。

少しでも余裕を持って素材を受け取ってもらい、チームの活躍を掲載してもらってメディア露出を獲得したいからこそ、情報配信の「速度」に拘る。

そして、情報は広く一般に知れ渡ってこそ、初めて価値が生まれる。

そんなことを常に考えながら、オフィシャルメディアスタッフが業務に取り組んでいることを知ってもらえれば幸いだと思っている。

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2017/07/20

初勝利

「自分としてはやっと勝てたなぁという感じですし、大きな驚きもなければすごくうれしいという感情もないです」

Jプロツアー第9戦JBCF石川サイクルロードレースでプロ初勝利を収めた雨澤毅明が、レース後にコメントを求めた際に語った言葉。

そう、まさに「やっと勝てた」というのが正直なところだろう。

かねてから実力は申し分なかったし、勝つチャンスというのはこれまでもあった。

しかし、なかなか勝利を収めることはできず、勝つことの難しさを嫌というほど味わってきた。

そんな中でやっとつかんだプロ初勝利は、誰もが一番厳しい局面で攻撃を仕掛けて飛び出し、独走に持ち込むというロードレースで最も美しいとされる勝ち方だった。

そしてこの勝ち方は、病気療養中の絶対的エース増田成幸が得意とする勝ち方でもある。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

多くのファン・サポーターの間でも話題になったフィニッシュのガッツポーズについて尋ねると、雨澤は「増田さんへのリスペクトです」と冗談ぽく語ったが、強ち冗談でもないだろうと感じている。

自身が勝つことの難しさと格闘している時期に、多くの勝利を収めてチームを牽引してきた増田。

そんな彼がチームを離脱せざるを得なくなり、その穴を埋めることを期待される中で、ますます勝つことの難しさ、そして宇都宮ブリッツェンで勝つことの大切さを痛感していたのではないかと思うのだ。

あのガッツポーズは、だからこそ出たものだったのではないかと感じている。

冒頭のコメントに続いて「やっと勝てて、選手として最低限のことができたという気持ちの方が強い」と語った雨澤。

2勝目は、果たしてどんなガッツポーズでフィニッシュラインを駆け抜けてくれるだろうか?

イメージトレーニングは完璧にできているようだ。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY
@那須高原ロングライド2017

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2017/07/05

シビアな世界の入口で

どんなスポーツであってもプロの世界に入ってくる選手というのは、そこに至るまでに何回もふるいにかけられ、その度に生き残ってきたある種のエリートだ。

しかし、そんなエリートであっても、容赦なく優劣がつけられる。

プロとは、そんな世界でもある。

結果が出なければ、翌年の契約を失うのは当然。

プロスポーツの世界は、本当にシビアだ。

エリートたちが集まったプロスポーツの世界で、なぜ優劣がつくのか?

そもそも持っているフィジカル的資質が大きく違う、ということはもちろんあるだろう。

日々のトレーニングで埋められる差と埋められない差は間違いなくあり、それが決定的な優劣につながる。

フィジカル的資質は残念ながら、誰もに平等に与えられているものではない。

同時に、肉体的資質は十分なのに、なかなか結果を出せずにいる選手も多い。

あくまで個人的な感覚ではあるが、そういった選手たちには共通している点があると感じている。

それは「向上心」「探究心」「柔軟性」「好奇心」などの言葉で置き換えられるのだと思うが、とにかくメンタル的な資質の部分。この部分が明らかに劣っていると感じることが多いのだ。

この資質もまた、誰もに平等に与えられているものではない。しかし、フィジカル的資質と異なる点は、差を埋められる余地が多分に残されているということではないだろうか。

かなり前置きが長くなったが、それには理由がある。

今回取り上げる選手、馬渡伸弥は宇都宮ブリッツェンに加入後、まさにこのメンタル的資質の部分で壁にぶつかったと感じたからだ。

高校時代から頭角を現してその年代の日本代表にも選出。進学した大学は強豪校の鹿屋体育大学と、バリバリのエリート街道を進んできた馬渡は、フィジカル的資質という部分で見れば幾多もの「ふるい」をくぐり抜けてきたと言える。

だが同時に、これまでエリート街道を歩んできたことが、彼のメンタル的資質で言うところの「柔軟性」を鈍らせたのではないだろうか。

宇都宮ブリッツェン加入後、馬渡はチームトレーニング以外では一人で練習することが多かったという。これまで行い、結果を残してきたやり方を続けていればプロの世界でもやっていける。そんな考えがあったのではないかと思う。

加えて、馬渡の真面目な性格も災いした。

“誰からも憧れられるプロ選手になった以上、何でも自分で考え、行動し、結果を出していかなければいけない”

“まずは、チームのためにきっちり仕事をする”

そういった馬渡の思考も、次第に「柔軟性」を鈍らせる要因になったのではないかと感じている。

そんな馬渡に突きつけられた結果は、残酷だった。

限られた人数での出場となり、各々が自身の持ち味を出すことが最優先となったツール・ド・熊野、さらにその後のJプロツアー那須2連戦でもDNF。

「柔軟性」を欠いたメンタル的資質に引きずられるように、フィジカル的資質の輝きも見られなくなってきていた。

“このままだとマズい。プロとしてシビアな判断を下されるかもしれない”。自分でさえ、そんなことが思わず浮かんでしまう状況とも言えた。

しかし、このままではマズいと感じていたのは自分だけではなかったようだ。

手を差し伸べたのは、自身も奇跡の復活を目指す鈴木真理キャプテン。Jプロツアー那須2連戦の直後から、馬渡と一緒に積極的にトレーンングを行うようになったのだ。

日本、そしてアジアの頂点を極め、今もなお現役選手として復活を期す鈴木真理の、長年に渡るプロ生活を支えてきたメンタル的資質、そして豊富な経験に裏付けられたトレーニングによって、馬渡の鈍り始めていた「柔軟性」を含めたメンタル的資質は次第に冴えを取り戻し、引きずられていたフィジカル的資質も輝きを取り戻し始めた。

その後の結果は、皆さんもご存知の通り。

年に一度のビッグレース、全日本選手権では残り2周回でDNFとなってしまったものの、これまで見せていた走りとは大きく異なる走りで変化の片鱗を見せた。

そして、迎えたJプロツアー第8戦「西日本ロードクラシックDay-2」。

馬渡は序盤から積極的に逃げ集団に入り、そのまま逃げ切り。最後のスプリントはかけ出しの番手の悪さが響いてしまったものの、3位とプロ初の表彰台を獲得した。

これまでいくつものプロスポーツを取材してきて、夢半ばで華やかな舞台から去っていかざるを得なかった数多くの選手たちを見てきた。

そんな選手たちと相通じるものを、少し前の馬渡は感じさせていた。

しかし、今はそう感じることも少なくなった。

もちろん、まだ「完全に」とは言えない。あくまで少なくなった程度、きっかけをつかんだに過ぎない。

そのきっかけを完全に自分のものにすることができるかどうか。

馬渡伸弥が本当の意味で「プロ」になれるかどうかが楽しみだ。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

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