2017/06/28

全日本選手権

毎年、フィニッシュの瞬間を見ていて感じることがある。

この一年間、もっと、やれることがあったんじゃないだろうか?

ただ一人の勝者以外のすべての選手が、きっとそう思っているんだろうな、と。

勝者以外のすべての選手は、それぞれ違いはあれども、少なからず「悔い」を持って会場を後にする。

同時に、“来年こそは!”という闘志を胸に秘めて…。

それが「全日本選手権」というレースなのだ。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

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2017/06/14

次世代のエースが得た「自信」と抱える「焦り」

身に纏っている雰囲気がガラッと変わった。そう思う瞬間が2日間で何度もあった。

U23日本代表としてチェコ共和国で開催されたネイションズカップに出場し、個人総合18位の成績を残して帰国した雨澤毅明がJプロツアー那須2連戦で見せる姿に、トップライダーたちに共通する風格のようなものが漂っているように感じたのだ。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

そう感じられるようになった要因を考えてみて思ったのが、自らが手にした「結果」を「自信」に変えることができているのだろうということだ。

療養中の増田成幸を欠く中、エースとしての重責を背負って臨んだツアー・オブ・ジャパン。ひとつのミスでタイムを失い、順位が大きく変わる毎日。そのプレッシャーを一身に受けながら、雨澤は日本人選手で2番手、U25の選手でも2番手となる個人総合13位を記録した。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


昨年、日本人選手最上位の個人総合10位となった増田と比較しても決して見劣りしない数字は、雨澤が次世代という括りではなく、現時点でも日本のエースになり得る選手であることを証明した。

その後に出場したチェコ共和国でのネイションズカップ「COURSE DE LA PAIX」でも、エースとしてクイーンステージとなる第2ステージで18位、個人総合も18位となると、第3ステージでも個人総合順位をキープし、U23日本代表に初となるネイションズカップポイントをもたらす走りを見せた。

わずか2週間の間に、大きなプレッシャーがかかるふたつのレースをエースとして走り、大きなミスを冒すことなく、最高ではないものの目に見える結果をしっかり残した。こうして結果を積み重ねたことが自信につながり、短期間で雨澤が身に纏う雰囲気を変えたのではないかと感じている。

同時に、レース中の雨澤を見ていて感じたこともある。それは未だに彼が「焦っている」ということだ。

これは何も、レース展開に慌てているということではない。

「世界」と自分自身の立ち位置を比較した時に、遅れをとっていることに対して焦りを覚えているということだ。

2016年に伊豆大島で開催されたアジア選手権の後から、雨澤は常にその焦りを抱えていた。

“アジアの強豪国に遅れをとっているようでは、その先にある世界になんて辿り着けるはずがない”。そう痛感した雨澤は、同年の全日本選手権もU23ではなくエリートに出場するなど、目に見える結果を追うのではなく、ただ強くなることだけを追い求めた。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

そして1年が経ち、ツアー・オブ・ジャパンとCOURSE DE LA PAIXという2レースで目に見える結果を雨澤は手にした。しかし、それでもまだ上には上がいるということを改めて痛感したのだろう。

だからこそ、Jプロツアー那須2連戦で雨澤は逃げ集団に入り、積極的に集団を牽引し続けた。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


コース的に勝負を託されるエースではなくアシストという役割でも、雨澤はこのレースのゴールではない、そのはるか先にある「世界」という目標を見ていたのではないかと思う。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


“このレースでこれぐらいの走りができないようでは、世界に追いつけるはずがない”


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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


一心不乱に逃げ集団を牽引する雨澤の姿から、自分はそんな焦りをひしひしと感じていた。

「自信」と「焦り」が同居している今の雨澤を見ていて、ひとつだけ確信していることがある。

それは、間違いなく彼は今よりもっと強くなり、日本を代表する選手になるということ。

そして、増田という絶対的エースを欠いている今シーズンが、その始まりの1年になるような気がしている。

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2017/06/07

全日本選手権個人TTへと向かう過程で

表彰ステージで中央に立ったアベタカの笑顔には、達成感と安堵感の両方が見てとれた。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

今年のツール・ド・熊野は、U23組の雨澤・小野寺・岡の3選手が揃って日本代表に選出され、チェコで同時期に行われるネイションズカップに出場するため不在。6人出走のところを鈴木譲・アベタカ・飯野・馬渡の4選手で出走せざるを得ない状況となった。

4人で個人総合時間優勝を狙えるほど、UCIアジアツアーは甘くない。ステージ優勝や各賞ジャージを狙って走る以外に道はないとも言える状況。

そして、その目標達成のために重要なのは、出場する選手それぞれが自分の持ち味をしっかりと出すことができるかということだった。

ベテランと言われる年齢になり、チーム全体のバランスを考えて走ることが多くなったアベタカにとって、この状況がプラスに働いた。本来の持ち味である「逃げ」を積極的に狙えるチーム状況で、水を得た魚のように全ステージで逃げ続けた。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

加えて、ツアー・オブ・ジャパン期間中に少しずつ上向いてきていたコンディションの良さもアベタカの走りを支えることになった。

そのコンディション調整は、今月末にある全日本選手権個人タイムトライアルにピークを持っていくためのもの。その過程にあり、調子が上向き始めるタイミングでツール・ド・熊野を迎えることができたからこそ、今回のポイント賞ジャージ獲得が達成できたのだと思う。

だからこそ、さらに期待してしまう。

コンディションピークで迎える、今年の全日本選手権個人タイムトライアルはやってくれるんじゃないか、と。

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2017/05/31

ツアー・オブ・ジャパンで垣間見えた「未来への希望」

宇都宮ブリッツェンはツアー・オブ・ジャパン(UCI-2.1)から間髪を入れず、ツール・ド・熊野(UCI-2.2)に出場するために和歌山県新宮市入りしている。

そんなタイミングでなんだが、ツアー・オブ・ジャパンを振り返っておきたいと思う。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

今年のツアー・オブ・ジャパンは、多くの方から不安視される中での出場となった。それはチームの絶対的エースにして、ここまで3年連続で個人総合時間日本人最上位のリザルトを残している増田成幸の欠場によるところが大きい。

絶対的エースを欠く中で、果たして目標とする結果を残すことができるのか?

目標を達成できなくとも、増田がいる時に近い結果を残すことができるのか?

多くの人が、そう思わずにはいられなかったはずだ。

しかし、それは杞憂に終わった。

8日間のツアー・オブ・ジャパンを終えて感じたのは、「未来への希望」が見えた8日間だったということだ。



第1~第4ステージの前半戦、チームの中心にいたのはU23の岡篤志だった。

第1ステージ堺で8位、第2ステージ京都で4位と、ともに日本人最上位をマーク。第4ステージ美濃でも8位に入り、個人総合時間で第4ステージまで日本人トップに立ち続けた。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


第5~第8ステージの後半戦では、同じくU23の雨澤毅明が奮闘する。

第5ステージ南信州では、2012年に初山翔が記録した10位を超える6位となり、チームに何度も厳しい現実を突きつけてきた南信州で初のシングルリザルトをマーク。第6ステージ富士山でも日本人2番手となる17位でフィニッシュし、最終的に個人総合時間も日本人2番手の13位と結果を残した。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


また、期間中はU23日本代表の欧州遠征での落車の影響で精彩を欠く走りとなってしまった小野寺玲も、第4ステージ美濃で意地のスプリントを見せて9位入るなど、その潜在能力の高さの一端を見せることができた。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

彼らU23世代の若手選手が1クラスのUCIレースで、最高とは言えないまでも納得できるリザルトを残せたこと。これに「未来への希望」を感じずにはいられないのだ。

そして、そんな若手選手たちを陰日向で支えたのが、ベテランの域に入った鈴木譲と阿部嵩之の2選手だ。

レース前後には若手選手たちが変に気負うことのないような雰囲気を作り、レース中は彼らのために消耗する位置取り争いをこなすなど、献身的な働きを見せた。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

この、ベテランが支え、若手が躍動する戦い方というのも、これまでの宇都宮ブリッツェンではあまり見られなかったことだし、これまでのベテランが引っ張り、若手が後を追うという戦い方とは異なる形を見つけられたこと。これも「未来への希望」を感じた要因だ。

開幕前、“ベテランと若手がきっちりと分かれているメンバー構成はリスクもある。清水監督には、世代間の断絶が起きないようにチームをマネージメントすることが求められる”ということを、広報紙「BLITZEN TIMES」のコラムで書かせてもらった。

今回のツアー・オブ・ジャパンで見せた宇都宮ブリッツェンの走り、そして残した結果が、自分が危惧していたことへの一発回答になったと感じている。

だが、ピースはまだ、ふたつ足りない。

鈴木真理と増田の2人が復帰し、メンバー9人が全員そろった上での選手間の競争と共存、そして生まれるケミストリー。

それを見ることができて初めて、2017シーズンの完成形が見えたと言えるだろう。

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2017/05/19

不死鳥は再び羽ばたく

大空に解き放たれた不死鳥のように集団の呪縛から飛び出し、独走でフィニッシュラインを駆け抜ける。

彼の前も後ろも、邪魔する者は誰もいない。

そんな一瞬を、何度となくファインダー越しに見てきた。

彼と一緒に、僕自身も解き放たれる瞬間。
僕が一番好きな瞬間と言ってもいいかもしれない。

だから、いつまでも待っている。
不死鳥としか、この一瞬は味わえないものだから。

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[2012年 栂池高原ヒルクライム ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2014年 富士山ヒルクライム ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2014年 ツール・ド・おきなわ ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2016年 みやだ高原ヒルクライム ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2016年 ツール・ド・北海道第2ステージ ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2016年 おおいたロードレース ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2016年 ツール・ド・おきなわ ©Nobumichi Komori/HATTRICK COMPANY]

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2017/04/26

完全復活の途中で

「最後まで走り切るのは難しいと思ったので、行けるところまで積極的に行って、少しでも皆んなの役に立ちたかったんです」

JPT第4戦「JBCF東日本ロードクラシックDay-2」の途中でレースを降りた飯野智行は、原因不明の頭痛に顔をしかめながら言った。

前日のJPT第3戦のレース中盤、突然、飯野を襲った頭痛。もがけばもがく程強くなっていくその痛みを堪えながら、飯野は何とかレースをフィニッシュした。
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そして迎えた、翌日のJPT第4戦。
幾分、痛みは治まったものの、飯野の中で「完走」は現実的なものではなかった。

スタート前から数的不利を抱えるチーム。その少ない頭数の一人である自分が、満足に仕事を果たせない状況。

「行けるところまで行く」
飯野がたどり着いた結論は、チームメートの脚を少しでも残せるように序盤の動きを一手に引き受けることだった。
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今年に入ってから、飯野は2回の落車を経験している。

1度目はチームトレーニング中に飛び出してきた巨大イノシシと衝突して。
2度目はツール・ド・とちぎ第3ステージ終盤での落車だ。



2013年のJPT白浜クリテリウムでバイクが吹き飛ぶほどの激しい落車に遭いながら、レースに復帰して最後まで走りきった過去を持つ飯野は、選手の中でも骨太で丈夫な身体を持った選手という印象を受ける。



しかし、そんな丈夫な飯野でも短期間で2度の落車に遭った「勤続疲労」は間違いなくある。ひょっとすると、突然の頭痛は何かのシグナルなのかもしれない。

幸いなことに、レースはしばらくの間ない。
その間にしっかりと痛みの原因を探り、改善できる部分は改善すること。

かつて「サプライズ」と言われた走りを取り戻しつつある中、完全復活への歩みを緩めてはいけない。

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2017/04/12

名将への階段

のっけから偉そうな物言いをさせてもらえば、このタイミングでこの人が監督で良かったと思う。

宇都宮ブリッツェンを正常進化させ、日本国内はもとよりアジアでも戦えるチームへと導いたのは、熱烈なファン・サポーターとスポンサーの支え、運営会社スタッフの頑張りはもちろんのことだが、清水裕輔の監督就任も非常に大きな要因だと感じている。



まだまだ苦しい台所事情が続いていたチーム創設期から2013年まで、監督を務めていた栗村修氏の功績は今でも多くの人の記憶に残っているところだ。

しかし、業界全体を見ると、知名度も抜群の栗村氏は一チームの監督にしておくのは勿体ない存在。もっと業界全体をレベルアップさせる立場に行く必要があったのは、現在の栗村氏の活躍ぶりを見れば嫌というほど分かるだろう。



2013年秋、栗村氏が監督を退くことを聞いた時、次の監督が誰になるのか非常に不安を覚えていたことを思い出す。

宇都宮ブリッツェンはそれまでの国内ロードレース界で考えるとかなり特殊な存在のチーム。「地域密着型」というフィロソフィを理解し、咀嚼できない人が監督になれば、チームが方向性を見失うことは容易に想像がついた。



しかし、その不安は杞憂に終わった。

清水裕輔はすぐに「地域密着型」という絶対にブレてはいけないフィロソフィを自分の物にし、自身がこれまで積み上げてきた選手、チームスタッフとしての経験や知識と絶妙なバランスで融合させ始めた。

その結果が、就任3年目となった昨季の躍進につながったのだと感じている。



そして、就任4年目の今季、清水裕輔監督体制は第2フェーズに入った。

今季は経験豊富なベテラン勢と将来有望な若手選手にきっぱりと分かれたメンバー構成だ。選手個人個人の能力に疑いの余地はないが、一歩間違えれば世代間の断絶を生むリスキーな布陣と見ることもできる。

そんな選手たち一人ひとりを見極め、チームをもうワンランク進化させるためにどんなアプローチをしていくのか?

「地域密着型」チームのフィロソフィを理解し、業界にも精通した知将・清水裕輔が名将への階段を上っていくのが楽しみで仕方がない。

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2017/04/05

足がかり

「最後スプリントできなかったのは悔しいですけど、UCIレースである程度の結果を残せて自信につながりました」

初開催となったツール・ド・とちぎで個人総合6位、そして新人賞ジャージを獲得した岡篤志は、レース後に悔しさと安堵が入り混じった表情を見せた。


2年前、若手日本人選手の中で「世界」に最も近い場所に居る一人だった。

しかし、「世界」へと続く道は非常に険しく、岡は失意の帰国。競技を辞めようかと考えることもあった。

それでも、岡は周囲の厚いサポートもあり復帰。昨年はJエリートツアーで無類の強さを見せて今年から宇都宮ブリッツェンに加入した。




「リスタート」
岡にとって今季は、そんな一年。

その序盤でのレースで結果を残したことで足がかりは得た。
少しの間止まっていた岡の「世界」への挑戦は、再び動き出した。

そんな岡のすぐ近くには、自身の現在地を知る格好のライバルが2人いる。
現在、U23ナショナルチームで欧州遠征中の雨澤と小野寺だ。

実は、ツール・ド・とちぎの期間中、新人賞ジャージをキープした岡が「これでまた、強化指定選手になれますかね」とポツリと漏らしたことがあった。

目に見える結果を手にした自分も、雨澤や小野寺と同じラインに再び…。そんな想いが見え隠れする瞬間だった。



だが、焦りは禁物。

まずは、Jプロツアー開幕2連戦で獲得したピュアホワイトジャージをしっかりキープし続け、勝負に絡む走りを続けること。

結果を出し続ければ、そう遠くないうちに吉報はむこうからやってくるはずだ。


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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

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2017/03/31

ツール・ド・とちぎ 第1ステージ

初開催となるツール・ド・とちぎが開幕。
今日は第1ステージでした。

チームはプラン通りに逃げに乗った鈴木譲選手と岡選手が逃げ切り。最後はTeam UKYOのグアルディオラ選手に先行を許してしまう結果となりましたが、岡選手がステージ2位となり、ボーナスタイムを加味した個人総合時間でも6秒遅れの2位となりました。

この2位というポジション、悪くないと感じています。

リーダーチームはどうしてもレースをコントロールする使命がありますので、どうしてもに仕事が増えます。

仕事が増えるということは、それだけアシスト陣の脚も削られるということでもあります。

重要なのは、最終日に個人総合時間で首位に立っていることなので、余計な仕事がなくプレッシャーも少ない今の立ち位置は非常に良いと感じるのです。

明日以降、宇都宮ブリッツェンがどんなプランで戦うのか?今は当然言えませんが(笑)、明日以降のレースレポートやこのブログで紐解いていきたいと思っています。



話は変わって。

今日の第1ステージ、レース距離も短く下り基調ということもあって、撮影で先回りをしたい我々メディア陣にとっても非常にタフな戦いとなりました。

自分は何とか予定通りのスポットで撮影することができましたが、それも地元という地の利があってこそ。他県から来られたメディアの皆さんは相当苦労していたようです。

明日も、プラン通りに撮影できるように頑張ります。

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2017/03/30

ツール・ド・とちぎ 前日

明日からUCI-2.2のステージレース「ツール・ド・とちぎ」が開幕。

本日は移動日でした。

とは言っても、同じ栃木県内。

昼過ぎに宇都宮を出発して、あっという間に日光入り。
今回は大会オフィシャルフォトグラファーも兼務するので、共にオフィシャル業務を行うフォトグラファーさんたちと打ち合わせなど、何かとバタバタして今に至っています。

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本日はスタッフ4人部屋。清水監督が明日の第1ステージに向けて細かな作業中です。

初開催、しかも距離がそれほど長くないレースなので先回りして撮影して回れるか不安はありますが、頑張って取材します。

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«エーススプリンターの矜持