2017/08/02

ベテランと成長

13戦「やいた片岡ロードレース」を終え、Jプロツアーは1カ月の中断期間に入った。

これまでのシーズン前半戦を振り返ってみると、U23世代の雨澤・小野寺・岡の3選手の「進化」と「躍進」が光った。

それは、今季ここまでの2勝を挙げているのが雨澤と小野寺ということからも分かる。

だが、シーズン前半戦のMVPを挙げるとすれば、個人的には鈴木譲しかいないと思っている。

鈴木真理キャプテンと絶対的エース増田成幸というベテラン2選手を欠く中、中堅・若手選手を導いてきたのは間違いなく鈴木譲だからだ。

自身の理想の走りを黙々と追い求めることに集中したいタイプ。

自分はこれまで、鈴木譲に対してそんなイメージを持っていたし、今でもその基本性格は変わらないと思っている。

理想の走り、理想のレース展開、そして理想の勝ち方を成し遂げるために、余計だと思うものはすべて排除して真摯に競技に向き合う姿は、ある意味で修行僧のように見えることもあった。

しかし今シーズン前半戦、鈴木譲は修行僧の如く競技に向かう姿勢は残しつつも、前にも増して中堅・若手選手とフランクに話す場面が増えたように思う。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

自分よりも年上のベテラン2選手がいない現状を受け入れ、自身の中で消化し、果たすべき役割を理解した上での行動。ベテランとなった選手が、若い頃とはまた違った「成長」をしていると感じる瞬間だ。

若手選手が「進化」するのは、その周りの環境や伸びしろも含めて、ある意味で当然と言えば当然のことだと思う。

だが、ベテランが「成長」するには、何よりも自分自身が変わろう、変われるという意志を持つことが必要な気がしている。

今シーズン前半戦で鈴木譲が見せた「成長」は、イレギュラーなチーム事情があったからというのは間違いない。

だが、本人にその気がなければ「成長」の機会は生かされることもなかった。

自分は、ベテランが「成長」するチームは強くなる、と思っている。

だから、鈴木譲の「成長」を見て、宇都宮ブリッツェンは今シーズン、まだまだ強くなると確信している。

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2017/07/26

情報配信速度とメディア露出

ロードレースチームの話題ではなくなるが、先日、シクロクロスチーム小坂光選手のインタビューを読む機会があった。

詳細は[こちら

その中で、広報スタッフとして帯同する自分に対しての記述もあった。

確かに自分は、レース現場でのチーム広報を担当するオフィシャルメディアスタッフとして、「速度」に拘った情報配信を意識している。

チームの地元である栃木県・宇都宮市から遠く現地で応援しにくい場所でのレースや、ストリーミングなどのリアルタイム中継がないようなレースでは特に、ファン・サポーターが入手できる情報量が圧倒的に少ない。

そのため、レース後できるだけ早くレースレポートや監督コメント、優勝した際は勝者コメントを作成してライブレポートに反映させ、選手たちの頑張りがファン・サポーターに届くように努めている。

だが、「速度」に拘るのは、そのためだけではない。

自分としては「メディア露出」を意識するからこそ、「速度」に拘っている面もあるのだ。

チームを運営していく上で、メディア露出はスポンサー継続や新規獲得の生命線だ。

週末のレース結果が、週明け月曜日の新聞紙上(場合によっては当日夕方~夜のテレビニュース)に掲載になれば、ロードレースやシクロクロスという競技を知らない大多数の一般読者(視聴者)に対して格好のPRになる。

だが残念なことに、ロードレースもシクロクロスも媒体社の記者さんが常に張り付いて取材をしてくれるほどの市民権は、栃木県であってもまだ得ていない。

こちら側(チーム)からレースレポート・監督コメント・写真など必要な素材を一式揃え、媒体各社に配信して初めて、掲載してもらえるかどうかの土俵に上がれるのが現状だ。

ただ、素材を一式送ったからといって、必ず掲載されるとは限らない。そこから、さらなるセレクションがあるのだ。

まず最初に、チームの成績が良くなければ情報的に掲載する価値がないと判断されることがある。

もっともこの点に関しては、今の宇都宮ブリッツェンは常に着に絡むレースができているので、さほど問題になることはないと感じている。

今、それよりも重要なのは、配信した素材一式が「いつ」媒体社の担当に届くかということだ。

ご存知の通り、新聞であれ雑誌であれ電波であれ、媒体には必ず「締め切り」というものがある。自分も媒体社に勤務していた時は、この締め切りと常に格闘してきた。

特に、毎日締め切りが訪れる新聞や電波ニュースなどの現場は戦場だろうなと思うのだ。

その中でも中央紙と呼ばれる新聞社の支局に関しては、原稿を作成し、デスクのチェックを受け、本社に原稿を送り、組版をし、入稿するという行程を考慮すると、支局での原稿締め切りが地方紙に比べ圧倒的に早い。

自分の中では、各支局の地方面の掲載枠決めに間に合い、記者さんが心に余裕を持って素材を受け取って記事を書けるリミットは「18:00」が妥当なところだろうと判断している。

余裕がない時に素材をもらっても、よほどのこと(優勝などの好成績)がない限り触手が伸びない現実を、こちらも媒体社での勤務系経験上、承知しているからだ。

少しでも余裕を持って素材を受け取ってもらい、チームの活躍を掲載してもらってメディア露出を獲得したいからこそ、情報配信の「速度」に拘る。

そして、情報は広く一般に知れ渡ってこそ、初めて価値が生まれる。

そんなことを常に考えながら、オフィシャルメディアスタッフが業務に取り組んでいることを知ってもらえれば幸いだと思っている。

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2017/07/20

初勝利

「自分としてはやっと勝てたなぁという感じですし、大きな驚きもなければすごくうれしいという感情もないです」

Jプロツアー第9戦JBCF石川サイクルロードレースでプロ初勝利を収めた雨澤毅明が、レース後にコメントを求めた際に語った言葉。

そう、まさに「やっと勝てた」というのが正直なところだろう。

かねてから実力は申し分なかったし、勝つチャンスというのはこれまでもあった。

しかし、なかなか勝利を収めることはできず、勝つことの難しさを嫌というほど味わってきた。

そんな中でやっとつかんだプロ初勝利は、誰もが一番厳しい局面で攻撃を仕掛けて飛び出し、独走に持ち込むというロードレースで最も美しいとされる勝ち方だった。

そしてこの勝ち方は、病気療養中の絶対的エース増田成幸が得意とする勝ち方でもある。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

多くのファン・サポーターの間でも話題になったフィニッシュのガッツポーズについて尋ねると、雨澤は「増田さんへのリスペクトです」と冗談ぽく語ったが、強ち冗談でもないだろうと感じている。

自身が勝つことの難しさと格闘している時期に、多くの勝利を収めてチームを牽引してきた増田。

そんな彼がチームを離脱せざるを得なくなり、その穴を埋めることを期待される中で、ますます勝つことの難しさ、そして宇都宮ブリッツェンで勝つことの大切さを痛感していたのではないかと思うのだ。

あのガッツポーズは、だからこそ出たものだったのではないかと感じている。

冒頭のコメントに続いて「やっと勝てて、選手として最低限のことができたという気持ちの方が強い」と語った雨澤。

2勝目は、果たしてどんなガッツポーズでフィニッシュラインを駆け抜けてくれるだろうか?

イメージトレーニングは完璧にできているようだ。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY
@那須高原ロングライド2017

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2017/07/05

シビアな世界の入口で

どんなスポーツであってもプロの世界に入ってくる選手というのは、そこに至るまでに何回もふるいにかけられ、その度に生き残ってきたある種のエリートだ。

しかし、そんなエリートであっても、容赦なく優劣がつけられる。

プロとは、そんな世界でもある。

結果が出なければ、翌年の契約を失うのは当然。

プロスポーツの世界は、本当にシビアだ。

エリートたちが集まったプロスポーツの世界で、なぜ優劣がつくのか?

そもそも持っているフィジカル的資質が大きく違う、ということはもちろんあるだろう。

日々のトレーニングで埋められる差と埋められない差は間違いなくあり、それが決定的な優劣につながる。

フィジカル的資質は残念ながら、誰もに平等に与えられているものではない。

同時に、肉体的資質は十分なのに、なかなか結果を出せずにいる選手も多い。

あくまで個人的な感覚ではあるが、そういった選手たちには共通している点があると感じている。

それは「向上心」「探究心」「柔軟性」「好奇心」などの言葉で置き換えられるのだと思うが、とにかくメンタル的な資質の部分。この部分が明らかに劣っていると感じることが多いのだ。

この資質もまた、誰もに平等に与えられているものではない。しかし、フィジカル的資質と異なる点は、差を埋められる余地が多分に残されているということではないだろうか。

かなり前置きが長くなったが、それには理由がある。

今回取り上げる選手、馬渡伸弥は宇都宮ブリッツェンに加入後、まさにこのメンタル的資質の部分で壁にぶつかったと感じたからだ。

高校時代から頭角を現してその年代の日本代表にも選出。進学した大学は強豪校の鹿屋体育大学と、バリバリのエリート街道を進んできた馬渡は、フィジカル的資質という部分で見れば幾多もの「ふるい」をくぐり抜けてきたと言える。

だが同時に、これまでエリート街道を歩んできたことが、彼のメンタル的資質で言うところの「柔軟性」を鈍らせたのではないだろうか。

宇都宮ブリッツェン加入後、馬渡はチームトレーニング以外では一人で練習することが多かったという。これまで行い、結果を残してきたやり方を続けていればプロの世界でもやっていける。そんな考えがあったのではないかと思う。

加えて、馬渡の真面目な性格も災いした。

“誰からも憧れられるプロ選手になった以上、何でも自分で考え、行動し、結果を出していかなければいけない”

“まずは、チームのためにきっちり仕事をする”

そういった馬渡の思考も、次第に「柔軟性」を鈍らせる要因になったのではないかと感じている。

そんな馬渡に突きつけられた結果は、残酷だった。

限られた人数での出場となり、各々が自身の持ち味を出すことが最優先となったツール・ド・熊野、さらにその後のJプロツアー那須2連戦でもDNF。

「柔軟性」を欠いたメンタル的資質に引きずられるように、フィジカル的資質の輝きも見られなくなってきていた。

“このままだとマズい。プロとしてシビアな判断を下されるかもしれない”。自分でさえ、そんなことが思わず浮かんでしまう状況とも言えた。

しかし、このままではマズいと感じていたのは自分だけではなかったようだ。

手を差し伸べたのは、自身も奇跡の復活を目指す鈴木真理キャプテン。Jプロツアー那須2連戦の直後から、馬渡と一緒に積極的にトレーンングを行うようになったのだ。

日本、そしてアジアの頂点を極め、今もなお現役選手として復活を期す鈴木真理の、長年に渡るプロ生活を支えてきたメンタル的資質、そして豊富な経験に裏付けられたトレーニングによって、馬渡の鈍り始めていた「柔軟性」を含めたメンタル的資質は次第に冴えを取り戻し、引きずられていたフィジカル的資質も輝きを取り戻し始めた。

その後の結果は、皆さんもご存知の通り。

年に一度のビッグレース、全日本選手権では残り2周回でDNFとなってしまったものの、これまで見せていた走りとは大きく異なる走りで変化の片鱗を見せた。

そして、迎えたJプロツアー第8戦「西日本ロードクラシックDay-2」。

馬渡は序盤から積極的に逃げ集団に入り、そのまま逃げ切り。最後のスプリントはかけ出しの番手の悪さが響いてしまったものの、3位とプロ初の表彰台を獲得した。

これまでいくつものプロスポーツを取材してきて、夢半ばで華やかな舞台から去っていかざるを得なかった数多くの選手たちを見てきた。

そんな選手たちと相通じるものを、少し前の馬渡は感じさせていた。

しかし、今はそう感じることも少なくなった。

もちろん、まだ「完全に」とは言えない。あくまで少なくなった程度、きっかけをつかんだに過ぎない。

そのきっかけを完全に自分のものにすることができるかどうか。

馬渡伸弥が本当の意味で「プロ」になれるかどうかが楽しみだ。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

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2017/06/28

全日本選手権

毎年、フィニッシュの瞬間を見ていて感じることがある。

この一年間、もっと、やれることがあったんじゃないだろうか?

ただ一人の勝者以外のすべての選手が、きっとそう思っているんだろうな、と。

勝者以外のすべての選手は、それぞれ違いはあれども、少なからず「悔い」を持って会場を後にする。

同時に、“来年こそは!”という闘志を胸に秘めて…。

それが「全日本選手権」というレースなのだ。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

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2017/06/14

次世代のエースが得た「自信」と抱える「焦り」

身に纏っている雰囲気がガラッと変わった。そう思う瞬間が2日間で何度もあった。

U23日本代表としてチェコ共和国で開催されたネイションズカップに出場し、個人総合18位の成績を残して帰国した雨澤毅明がJプロツアー那須2連戦で見せる姿に、トップライダーたちに共通する風格のようなものが漂っているように感じたのだ。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

そう感じられるようになった要因を考えてみて思ったのが、自らが手にした「結果」を「自信」に変えることができているのだろうということだ。

療養中の増田成幸を欠く中、エースとしての重責を背負って臨んだツアー・オブ・ジャパン。ひとつのミスでタイムを失い、順位が大きく変わる毎日。そのプレッシャーを一身に受けながら、雨澤は日本人選手で2番手、U25の選手でも2番手となる個人総合13位を記録した。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


昨年、日本人選手最上位の個人総合10位となった増田と比較しても決して見劣りしない数字は、雨澤が次世代という括りではなく、現時点でも日本のエースになり得る選手であることを証明した。

その後に出場したチェコ共和国でのネイションズカップ「COURSE DE LA PAIX」でも、エースとしてクイーンステージとなる第2ステージで18位、個人総合も18位となると、第3ステージでも個人総合順位をキープし、U23日本代表に初となるネイションズカップポイントをもたらす走りを見せた。

わずか2週間の間に、大きなプレッシャーがかかるふたつのレースをエースとして走り、大きなミスを冒すことなく、最高ではないものの目に見える結果をしっかり残した。こうして結果を積み重ねたことが自信につながり、短期間で雨澤が身に纏う雰囲気を変えたのではないかと感じている。

同時に、レース中の雨澤を見ていて感じたこともある。それは未だに彼が「焦っている」ということだ。

これは何も、レース展開に慌てているということではない。

「世界」と自分自身の立ち位置を比較した時に、遅れをとっていることに対して焦りを覚えているということだ。

2016年に伊豆大島で開催されたアジア選手権の後から、雨澤は常にその焦りを抱えていた。

“アジアの強豪国に遅れをとっているようでは、その先にある世界になんて辿り着けるはずがない”。そう痛感した雨澤は、同年の全日本選手権もU23ではなくエリートに出場するなど、目に見える結果を追うのではなく、ただ強くなることだけを追い求めた。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

そして1年が経ち、ツアー・オブ・ジャパンとCOURSE DE LA PAIXという2レースで目に見える結果を雨澤は手にした。しかし、それでもまだ上には上がいるということを改めて痛感したのだろう。

だからこそ、Jプロツアー那須2連戦で雨澤は逃げ集団に入り、積極的に集団を牽引し続けた。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


コース的に勝負を託されるエースではなくアシストという役割でも、雨澤はこのレースのゴールではない、そのはるか先にある「世界」という目標を見ていたのではないかと思う。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


“このレースでこれぐらいの走りができないようでは、世界に追いつけるはずがない”


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一心不乱に逃げ集団を牽引する雨澤の姿から、自分はそんな焦りをひしひしと感じていた。

「自信」と「焦り」が同居している今の雨澤を見ていて、ひとつだけ確信していることがある。

それは、間違いなく彼は今よりもっと強くなり、日本を代表する選手になるということ。

そして、増田という絶対的エースを欠いている今シーズンが、その始まりの1年になるような気がしている。

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2017/06/07

全日本選手権個人TTへと向かう過程で

表彰ステージで中央に立ったアベタカの笑顔には、達成感と安堵感の両方が見てとれた。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

今年のツール・ド・熊野は、U23組の雨澤・小野寺・岡の3選手が揃って日本代表に選出され、チェコで同時期に行われるネイションズカップに出場するため不在。6人出走のところを鈴木譲・アベタカ・飯野・馬渡の4選手で出走せざるを得ない状況となった。

4人で個人総合時間優勝を狙えるほど、UCIアジアツアーは甘くない。ステージ優勝や各賞ジャージを狙って走る以外に道はないとも言える状況。

そして、その目標達成のために重要なのは、出場する選手それぞれが自分の持ち味をしっかりと出すことができるかということだった。

ベテランと言われる年齢になり、チーム全体のバランスを考えて走ることが多くなったアベタカにとって、この状況がプラスに働いた。本来の持ち味である「逃げ」を積極的に狙えるチーム状況で、水を得た魚のように全ステージで逃げ続けた。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

加えて、ツアー・オブ・ジャパン期間中に少しずつ上向いてきていたコンディションの良さもアベタカの走りを支えることになった。

そのコンディション調整は、今月末にある全日本選手権個人タイムトライアルにピークを持っていくためのもの。その過程にあり、調子が上向き始めるタイミングでツール・ド・熊野を迎えることができたからこそ、今回のポイント賞ジャージ獲得が達成できたのだと思う。

だからこそ、さらに期待してしまう。

コンディションピークで迎える、今年の全日本選手権個人タイムトライアルはやってくれるんじゃないか、と。

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2017/05/31

ツアー・オブ・ジャパンで垣間見えた「未来への希望」

宇都宮ブリッツェンはツアー・オブ・ジャパン(UCI-2.1)から間髪を入れず、ツール・ド・熊野(UCI-2.2)に出場するために和歌山県新宮市入りしている。

そんなタイミングでなんだが、ツアー・オブ・ジャパンを振り返っておきたいと思う。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

今年のツアー・オブ・ジャパンは、多くの方から不安視される中での出場となった。それはチームの絶対的エースにして、ここまで3年連続で個人総合時間日本人最上位のリザルトを残している増田成幸の欠場によるところが大きい。

絶対的エースを欠く中で、果たして目標とする結果を残すことができるのか?

目標を達成できなくとも、増田がいる時に近い結果を残すことができるのか?

多くの人が、そう思わずにはいられなかったはずだ。

しかし、それは杞憂に終わった。

8日間のツアー・オブ・ジャパンを終えて感じたのは、「未来への希望」が見えた8日間だったということだ。



第1~第4ステージの前半戦、チームの中心にいたのはU23の岡篤志だった。

第1ステージ堺で8位、第2ステージ京都で4位と、ともに日本人最上位をマーク。第4ステージ美濃でも8位に入り、個人総合時間で第4ステージまで日本人トップに立ち続けた。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


第5~第8ステージの後半戦では、同じくU23の雨澤毅明が奮闘する。

第5ステージ南信州では、2012年に初山翔が記録した10位を超える6位となり、チームに何度も厳しい現実を突きつけてきた南信州で初のシングルリザルトをマーク。第6ステージ富士山でも日本人2番手となる17位でフィニッシュし、最終的に個人総合時間も日本人2番手の13位と結果を残した。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY


また、期間中はU23日本代表の欧州遠征での落車の影響で精彩を欠く走りとなってしまった小野寺玲も、第4ステージ美濃で意地のスプリントを見せて9位入るなど、その潜在能力の高さの一端を見せることができた。
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

彼らU23世代の若手選手が1クラスのUCIレースで、最高とは言えないまでも納得できるリザルトを残せたこと。これに「未来への希望」を感じずにはいられないのだ。

そして、そんな若手選手たちを陰日向で支えたのが、ベテランの域に入った鈴木譲と阿部嵩之の2選手だ。

レース前後には若手選手たちが変に気負うことのないような雰囲気を作り、レース中は彼らのために消耗する位置取り争いをこなすなど、献身的な働きを見せた。

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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY
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photo(C):Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY

この、ベテランが支え、若手が躍動する戦い方というのも、これまでの宇都宮ブリッツェンではあまり見られなかったことだし、これまでのベテランが引っ張り、若手が後を追うという戦い方とは異なる形を見つけられたこと。これも「未来への希望」を感じた要因だ。

開幕前、“ベテランと若手がきっちりと分かれているメンバー構成はリスクもある。清水監督には、世代間の断絶が起きないようにチームをマネージメントすることが求められる”ということを、広報紙「BLITZEN TIMES」のコラムで書かせてもらった。

今回のツアー・オブ・ジャパンで見せた宇都宮ブリッツェンの走り、そして残した結果が、自分が危惧していたことへの一発回答になったと感じている。

だが、ピースはまだ、ふたつ足りない。

鈴木真理と増田の2人が復帰し、メンバー9人が全員そろった上での選手間の競争と共存、そして生まれるケミストリー。

それを見ることができて初めて、2017シーズンの完成形が見えたと言えるだろう。

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2017/05/19

不死鳥は再び羽ばたく

大空に解き放たれた不死鳥のように集団の呪縛から飛び出し、独走でフィニッシュラインを駆け抜ける。

彼の前も後ろも、邪魔する者は誰もいない。

そんな一瞬を、何度となくファインダー越しに見てきた。

彼と一緒に、僕自身も解き放たれる瞬間。
僕が一番好きな瞬間と言ってもいいかもしれない。

だから、いつまでも待っている。
不死鳥としか、この一瞬は味わえないものだから。

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[2012年 栂池高原ヒルクライム ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2014年 富士山ヒルクライム ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2014年 ツール・ド・おきなわ ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2016年 みやだ高原ヒルクライム ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2016年 ツール・ド・北海道第2ステージ ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2016年 おおいたロードレース ©Nobumichi.Komori/HATTRICK COMPANY]
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[2016年 ツール・ド・おきなわ ©Nobumichi Komori/HATTRICK COMPANY]

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2017/04/26

完全復活の途中で

「最後まで走り切るのは難しいと思ったので、行けるところまで積極的に行って、少しでも皆んなの役に立ちたかったんです」

JPT第4戦「JBCF東日本ロードクラシックDay-2」の途中でレースを降りた飯野智行は、原因不明の頭痛に顔をしかめながら言った。

前日のJPT第3戦のレース中盤、突然、飯野を襲った頭痛。もがけばもがく程強くなっていくその痛みを堪えながら、飯野は何とかレースをフィニッシュした。
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そして迎えた、翌日のJPT第4戦。
幾分、痛みは治まったものの、飯野の中で「完走」は現実的なものではなかった。

スタート前から数的不利を抱えるチーム。その少ない頭数の一人である自分が、満足に仕事を果たせない状況。

「行けるところまで行く」
飯野がたどり着いた結論は、チームメートの脚を少しでも残せるように序盤の動きを一手に引き受けることだった。
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今年に入ってから、飯野は2回の落車を経験している。

1度目はチームトレーニング中に飛び出してきた巨大イノシシと衝突して。
2度目はツール・ド・とちぎ第3ステージ終盤での落車だ。



2013年のJPT白浜クリテリウムでバイクが吹き飛ぶほどの激しい落車に遭いながら、レースに復帰して最後まで走りきった過去を持つ飯野は、選手の中でも骨太で丈夫な身体を持った選手という印象を受ける。



しかし、そんな丈夫な飯野でも短期間で2度の落車に遭った「勤続疲労」は間違いなくある。ひょっとすると、突然の頭痛は何かのシグナルなのかもしれない。

幸いなことに、レースはしばらくの間ない。
その間にしっかりと痛みの原因を探り、改善できる部分は改善すること。

かつて「サプライズ」と言われた走りを取り戻しつつある中、完全復活への歩みを緩めてはいけない。

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